サザン騒動

私が中学生の頃、国語のテストで、小説の一部に棒線が引いてあり「この部分は、作者が何を訴えようとしたのか答えよ」といった問題が多く出題されていました。


私なりに考えて回答した内容に×がつくと、国語の先生に「作者に聞いたわけではないのに、1つの答えしか正解でないのが納得いかない」と抗議したものです(笑)


大人になった今思うには、作者の意図は「読んだあなたが、自由に解釈してください」というのが、正解と言えるのでしょう。


さて、年末年始の「サザン騒動」は、サザンオールスターズが昨年の紅白歌合戦で「ピースとハイライト」を披露。一部視聴者が「都合のいい大義名分(かいしゃく)で/争いを仕掛けて/裸の王様が牛耳る世は・・・狂気」といった歌詞を「政治批判」などと受け止め、ちょびひげもヒトラーに扮したのではと言われ、不謹慎とネット上で論争が起きました。


視聴率も40%を超えて、ちょっとしたことでも話題になってしまう「紅白歌合戦」が舞台だっただけに、ネット上で「よくやった」「暴走だ」などと賛否が分かれる大論争になった次第です。


ミュージシャンというアーティストが、政治的立場や意見の違いを脇に置いて、あえてあいまいな態度のまま、老若男女誰もが共感できたり、考えたりできる表現や作品作りを目指すのが、いいところであり。そこに、作者のあいまいな態度を許さない空気は、今の社会の怖い一面かもしれません。


冒頭の国語のテストで、作者の意図を問いながらも、その答えは受け止めた人それぞれにあるというのが、言論の自由の心地よいあり方と思う私です・・・


1980年後半にブルーハーツが「チェルノブイリには行きたくねえ」と宣言し、忌野清志郎が「電力は余ってる、要らねえ」と原発反対を叫んだことに比べると、「ピースとハイライト」は、「色んな事情があるけどさ/知ろうよ互いのイイところ」というとても的を得たメッセージソングと冷静に考えられます。


桑田さんの本音を勝手に想像するには、「俺の歌を聞く連中は、生まれた時代も境遇もみんなそれぞれだから、受け止め方だって違って当たり前・・・好きにしろよ!って思うけど、正々堂々じゃなく匿名のネットクレームや批判をされちゃうと、俺の大事な仲間にまでも迷惑をかけちゃうから、ここは、頭下げとかないといけないか・・・いやな時代になっちまったな~」と大人の判断をしたものと思っています。


私は、「中途半端」とか「考えがない、意見がない」ということは大嫌いですので、保育園の幼児に対しても、そんな行動があればしっかりと話をします(通じないことが多いですが・・・笑)。でも、「あいまいさ」「ファジーな・・・」という感覚は、受け手に委ねる感じがあって、好きな表現方法です。中途半端とファジーは、紙一重ですが大きく違うと思っています。


ネット批判者は、他のネット批判者の意見に左右されながら、実は自分の考えをきちんと持っていません。そして、匿名という行為が、どれだけ正々堂々としていないか・・・


そんなサザン騒動も「あいまいさ」「ファジー」を許さない今の時代の象徴かもしれません。


保育園の子どもたちを見ていると、「おまえたち・・・匿名でこそこそするような大人になんかなるんではないぞ!」と熱くなる、おやじ園長です。