通知表が変わる

今日は、卒園児の小学生が5人も登園しました。小学校は7月でプールが終わりなので、「屋上のプールで遊びたい」「○○君と久々に会って遊びたい」などなど、自分たちが育った「居場所」に集合です。

 

いつのまにか、小学生たちは、各学期が終わると、さいたま市では、「あゆみ」という通知表を持ってくるようになりました。子どもにとっては、通知表を保育園の先生たちに見てもらって、一言がもらえる承認欲求が働いているのかもしれませんが、園長としては、卒園しても頑張っている子どもたちに、うれしい気持ちがいっぱいで、「あーだ・こーだ」と語っています。もちろん、褒めることしかしていません。(笑)

 

そんな小学生の通知表ですが、1学期の終業式前は、この通知表作成のために、小学校の先生は、膨大な時間を費やします。小学校の先生をしている保育園の保護者は、我が子が寝静まった真夜中に、お家でパソコンを黙々と叩いていたようです。そこで、埼玉県では、この通知表の見直しが行われています。全国の自治体でも同じような動きがあるようです。

 

この夏、「子どもの通知表に担任教諭の『所見』がなかった」という小学校が増えました。この「総合所見」の記入を年3回から1回(年度末)だけに減らしたのです。また、さいたま市立大宮東小学校では、7月21日に行われた終業式で、児童たちは通知表を手にすることなく下校しました。この小学校では、通知表の作成を各学期の3回から、9月末と3月末の2回に減らしたそうです。

 

目的は「教員の働き方改革」だけでなく、指導力の向上もあるようです。例年7月は通知表の作成作業に追われていたものの、「今年は夏休みの学習計画を作らせることができた地、勉強の仕方もじっくり伝えられた」とある担任は語ります。

 

文部科学省によると、通知表は法令に基づくものではなく、作成の頻度・内容は各校長が決められるそうです。多くの学校が学期ごとに作っているのは慣例だからです。

 

通知表が簡素化されことに、残念に思う保護者もいるかもしれませんが、もともと、通知表は書面でしかありません。担任の口頭での解説はありません。そう考えると、子どもたちの強みや弱みを保護者と学校で共有し、一人一人の学びをよくすることが、通知表の本来の役割であれば、保護者面談の方が、学校と保護者との情報共有ができますね。

 

9月から、保育園でも保護者との個人面談が始まります。昨年の個人面談では、運動能力が優れた園児の保護者に、スポーツの習い事を始めたらいいと背中を押しました。幼児の習い事については、最初は親の意志と判断で道が開かれます。その男の子は、保育園の体操教室以外に、プライベートレッスンに参加し、年長になった今では、保育園の他の園児のお手本として、運動全般で大活躍しています。

 

家での我が子の姿と、保育園や小学校での姿は、必ずしも一致しないところがあります。書面での通知表以上に、保護者面談の機会でより具体的な話が共有できるのです。保育園では、毎日の送り迎えの時に、保護者と話をする機会に恵まれていますが、小学生になれば、そうはいきませんね。

 

「学校あるある」で、 通知表のフォームは、ひょっとしたら、前年踏襲をずっと続けてきた、「手を入れてはならないもの」という聖域だったのかもしれませんね。