学徒出陣80年

今日は、西文ひろばでの最後の練習です。9月の秋まつりが終わってから、寺子屋園児は、毎日のように練習を続けてきました。子どもたち一人一人が、それぞれ頑張ってきたのですが、明後日の運動会本番では、必ず、その努力の成果が表れます。勝った負けたではなく、どれだけ頑張ったか・・・この単純な、しかし厳しい課題に、子どもたちは取り組んできたのです。運動会が楽しみですね。 

 

さて、太平洋戦争中に、学業半ばの学生が戦場に送られた「学徒出陣」から、今年で80年を迎えます。80年前の1943年10月に、理工系などを除く20歳以上の学生・生徒が、東京の明治神宮外苑で学徒出陣の壮行会が行われたのです。

 

現在100歳の茶道家の男性は、「気持ちは高ぶっていたが、心の中では戦争というものを呪っていた」と言います。よく、テレビドラマなどで、徴兵が決まった人に対して、なんとも複雑な表情で「おめでとうございます」というセリフを見ることがあります。現代の俳優が演じるので、心とは反対のことを言う「おめでとう」の演技ですが、当時は、お国のために、心から「おめでとうございます」と言っていたかもしれません。

 

茶道家の男性は、特攻隊の隊員となったそうです。ある日、隊員たちにお茶を振る舞うと、一人が「生きて帰ってきたら、お前んとこの茶室で飲ませてくれよ」と言ったそうです。「その瞬間、突き落とされそうになった。ああ、もう生きて帰れへんのやと」と男性は思ったそうです。男性は、出撃せずに終戦を迎えたそうですが、多くの仲間が戦死します。「今ここで元気で話していたのが、出て行って亡くなる。運命は紙一重だとしみじみ思いました」と語ります。

 

明治神宮での壮行会では、学生代表の答辞が「もとより生還を期せず」と読み上げます。お国のためなら、生きて帰る気持ちなどありません・・・現代の私たちは、「なんてことを!」となりますね。

 

学徒出陣は、出征した学徒の総数や戦死者の数など、不明な点が多いそうです。1943年に入隊した学徒の数も、5万人から10万人まで諸説あるそうです。最近の調査では、学徒の数は6万人と検証されています。こう考えれると、戦争によって、明日の日本を担う多くの若者が犠牲になったとも言えます。国益へのマイナスが大きかったですね。

 

私たち戦争を知らない世代は、どうしても「戦争を行う必要があったのか?どうして、戦争など愚かなことに日本は参入したのか」と、ほぼ100%の人が、そう思います。

 

ただし、私たちが、もし1943年に20歳前後の年齢であったとしたら、「自分たちはまだ学生だけど、戦争に行くのは当然だ。国のために命だって捧げる覚悟ができている」という考えになっているのかもしれません。

 

戦争を考えるときは、今の私たちがいる現代の価値観だけで語ることはできませんね。「何で、自分の大切な命を無駄にするんだ!」なんて考えるのは、現代の価値観でのモノサシに過ぎないのです。なんだか、考えれば考えるほど難しくなってきますが、私たちがこれからの世界をどうするかは、今のモノサシ、つまり「戦争は絶対にしてはならない」を訴えていくだけです。