19年破られなかった日本記録

せっかく春らしくなってきたと思ったものの、今日は一転して強風の寒い一日でした。桜の開花が、当初の予定よりも少し遅れるようですね。保育園のお花見は、3月末か、新年度4月になってからか・・・満開から桜の花が散り始めた頃を見はからって行います。

 

さて、ある女性アスリートのコメントです。「これまでの感謝を込めて、夢を追いかける

ことの素晴らしさを伝えていきたい。それと、美味しい酒を飲むためにも走り続けたい」と語る人。誰かわかりますか。現役を引退されているので、美味しい酒も許してください。(笑)

 

そうです。今日は、2004年のアテネ五輪女子マラソンで金メダルを獲得した、野口みずきさんの話です。野口さんは、翌2005年、ベルリンマラソンで2時間19分12秒の日本記録を樹立します。

 

この記録は、なかなか破られませんでした。そして、ついに、今年1月の大阪国際女子マラソンで、前田選手によって、2時間18分59秒のわずか13秒差ですが、日本記録が更新されました。この間、19年間、野口さんの記録は破られなかったのです。前田選手は、途中からペースメーカーを置き去りにする圧巻の走りでした。それを野口さんは、解説者として乗り込んだ中継車の中でワクワクしながら見届けたのです。

 

自分の記録が破られるのに、野口さんはワクワクしていたのです。そして、「日本記録が塗りかえられた、その現場に立ち会えたことが幸せだった」と言うのです。普通なら、自分の日本記録が抜かれてしまうので、残念な気持ちになるのが普通でしょうが、野口さんは、喜ぶのです。

 

実は、野口さんが高校卒業後にずっと指導を受けてきた岩谷産業陸上部の廣瀬監督のもとへ、日本記録を樹立した前田選手の武富監督が出向いて、野口さんの現役時代の練習メニューなどを参考にしていたようです。監督同士がリスペクトしあっていたようです。

 

最近の陸上界では、練習量が多すぎると故障につながるから、質を重視する傾向が強まっているようです。しかし、二人は、やっぱりマラソンには思い切った練習が必要と考える監督同士なのです。野口さんも前田選手も、圧倒的な練習量の中で、日本記録が生まれたのです。

 

野口さんが、陸上を始めたのは中学1年の時です。37歳で引退するまでの25年間の競技人生は、良いことばかりではありませんでした。金メダルを獲得した次の2008年北京五輪を欠場した時には、バッシングを受けます。そして、2016年3月、リオ五輪の選考レースに破れ、引退を決意します。その年に結婚し、「普通の生活」をする中で、異業種の仲間もできたそうです。

 

そして、ついに、自分の日本記録が破られ、「日本記録保持者」という重荷がはずれて、心から、普通に走ることが楽しくなってきたようです。野口さんが、アテネ五輪で獲得した金メダルは、全国各地を一緒に走っていて、日焼けしているようです。(笑)

 

これからも、野口さんは、解説者として活躍をしながら、明日の日本を背負うアスリートたちを育てていくのです。